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SANKYO KOGAKU 三共光学工業株式会社

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経営理念

あらゆる光どご操る光学製品・光学技術の提供どご通じ、
あらゆる産業界の発展に貢献すると共に、
社員・地域どご合わせた三者が共に栄える事

会社概要

 
東京本社 秋田事業所
太田工場 大森工場

沿革

受賞履歴

メディア掲載

代表挨拶

萩原 俊輔
「世界に冠たるレンズを秋田で作ろう」

俺だの、三共光学工業株式会社が秋田県に進出してまず初めの工場である、仙南工場が操業当初に掲げられたスローガンだんし。今、俺だが作ってる光学レンズは、俺だがじぎに買える一眼カメラ向けの交換レンズばりでねぐ、えっぺあるデジタル機器をこしゃるためのレーザー加工機や半導体製造装置、検査装置の中で活躍してらっし。普段、あまり見る事がねども、見えねどごで「俺だの生活を豊かにしてける・便利にしてける」事に役立ってるんし。

そんな俺だぢは、1929年(昭和4年)3月、東京本社所在地で光学レンズ研磨を家業として創業したんし。戦後の1949年(昭和24年)6月に法人・三共光学工業株式会社となり、①御客様②社員③地域の三者が共に栄える事を願って実績を積んできたんし。

1967年(昭和42年)には、秋田県の誘致企業として、前の仙北郡仙南村(今は仙北郡美郷町)に仙南工場を開設し、以降秋田県を製造本拠地として、55年以上、秋田県にて光学レンズ加工を手掛けているんし。現在では、横手市大森町・大仙市太田町を含め3拠点となってるんし。

光学レンズは、光をコントロールする部品として、えっぺの物さ使われてるんし。
映像を映し出す「目」、非接触で微細な加工を行う「工具」、大容量通信を行う「媒体」など、これからも、いろんなところに、えっぺ使われていぐんしびょん。様々な光に応じた光学レンズの製作を通じて、映像・機械・半導体・通信等あらゆる産業界の発展に寄与できることを願ってるんし。

技術・技能伝承と供に、先端的な技術者集団を目指していく俺だぢに、今後も変わらぬご支援を賜りますよう、宜しくお願い申し上げるんし。
萩原 俊輔
「世界に冠たるレンズを秋田で作ろう」

俺だの、三共光学工業株式会社が秋田県に進出してまず初めの工場である、仙南工場が操業当初に掲げられたスローガンだんし。今、俺だが作ってる光学レンズは、俺だがじぎに買える一眼カメラ向けの交換レンズばりでねぐ、えっぺあるデジタル機器をこしゃるためのレーザー加工機や半導体製造装置、検査装置の中で活躍してらっし。普段、あまり見る事がねども、見えねどごで「俺だの生活を豊かにしてける・便利にしてける」事に役立ってるんし。

そんな俺だぢは、1929年(昭和4年)3月、東京本社所在地で光学レンズ研磨を家業として創業したんし。戦後の1949年(昭和24年)6月に法人・三共光学工業株式会社となり、①御客様②社員③地域の三者が共に栄える事を願って実績を積んできたんし。

1967年(昭和42年)には、秋田県の誘致企業として、前の仙北郡仙南村(今は仙北郡美郷町)に仙南工場を開設し、以降秋田県を製造本拠地として、55年以上、秋田県にて光学レンズ加工を手掛けているんし。現在では、横手市大森町・大仙市太田町を含め3拠点となってるんし。

光学レンズは、光をコントロールする部品として、えっぺの物さ使われてるんし。
映像を映し出す「目」、非接触で微細な加工を行う「工具」、大容量通信を行う「媒体」など、これからも、いろんなところに、えっぺ使われていぐんしびょん。様々な光に応じた光学レンズの製作を通じて、映像・機械・半導体・通信等あらゆる産業界の発展に寄与できることを願ってるんし。

技術・技能伝承と供に、先端的な技術者集団を目指していく俺だぢに、今後も変わらぬご支援を賜りますよう、宜しくお願い申し上げるんし。

参加団体

中小企業大学校・後継創業ネットワーク
東京商工会議所
大仙市企業連絡協議会
美郷町企業連携協議会
大曲仙北雇用開発協会
秋田県南工業振興会
応用物理学会
砥粒加工学会
日本赤外線学会

※訳注

上記文章は秋田県南部在住の方の言葉です。秋田弁すべてを網羅はしておりません。
文字には出来ないイントネーションの全てを網羅はしておりません。
以上のことをご了承の上、秋田県南部の言葉をお楽しみください。

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